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予算70万円。世界一周記

予算カツカツお腹ユルユル大学生が海外へ行きます。

思わぬ出会い。(第14カ国目セルビア)

  

割とふかふかとソファベットに寝ていたにも関わらず、疲れが取れない。原因は深夜に行われた入国審査。夜中の二時に部屋の明かりが点ったかと思えば、脇に銃を抱えた警察官が部屋内に入ってパスポートのページを求めてきました。

 

そのせいもあってベオグラードに着いた瞬間宿へとダッシュ。駆け込んでからはシャワー浴びて泥のように寝ました。

 

三時間ほど眠ると空には晴れ間が差し込んでいます。予定では今日の夜行でブルガリアのソフィアまで戻る予定だったため、それまでの間観光することに。

 

セルビアと聞いてもピンと来る方はそう多くないはず。以下の場所に位置しています。

 

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実はこの国2006年までは「セルビア・モンテネグロ」という名前でしたが、国内で行われた国民投票の結果、一つの国として独立しました。公用語ルーマニア語です。

 

 

 

話は逸れましたが、今日は天気も良く意外にも気温がさほど高くなかったため市内を散策することに。物価がかなり安く、何を食べても300円でお釣りがきます。東南アジアでもそうでしたが、あまりにも安い物を食べていると「本当にこれは安全なのか」と疑わずにはいられません。

 

ピザ二枚にレモンジュースが付いて150円でした。しっかり具の種類が豊富かつ焼きたてで提供されるあたりがむしろ怖い。

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見た目通り味は美味しかったです。

 

食欲も満たされ、さあ次はどこへ行こうかとグーグルマップを開くと近辺に大きな公園があることに気付きました。とりあえずそこへと足を進めることに。

 

カレメグダン城址公園

 

ここは紀元前に作られた要塞でこれまで幾多の攻撃から街を守ってきた歴史があるとのことです。市内が一望出来る高台に位置しており、晴れた日の景色は最高だと宿のスタッフが教えてくれました。

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内部は普通の公園のような広場と城塞でパートが分かれています。これは公園。

 

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こちらは城塞です。

 

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城塞として機能していた時代の名残として大砲もありました。今は使用されていないものの、異様な存在感です。

 

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ひとしきり城塞を楽しんでからは下道に降り河っぷちを歩きました。気温は10度を上回り歩いていてもたまに汗ばむくらいでしたが、川端には流氷が溜まっていました。写真からも結構な面積があったことが伝わると思います。

 

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水上レストランも周りの氷に覆われていました。

 

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しばらく外にいると、夕方五時を境に結構冷え込んできました。急いでや宿へと戻り、夜ご飯の支度。料理中に一人の少年と仲良くなりました。

 

聞くところ、彼はアフガニスタンからの難民でやっとブルガリアからここまで来れたそうです。手にはドイツ軍から難民キャンプで支給されたブーツを大事そうに抱え、その子は自国から履いてきたボロボロのスニーカーを履いていました。ご飯を食べながら話を聞くと、アフガニスタンではどうしても暮らせなくなり、家族を置いてドイツを目指し国を発つことに決めたそうです。

 

セルビアの人たちは僕らを受け入れてくる。本当にここはいい国だ。」と何度も言いながら、次の目的地ハンガリーを非常に怖がっていました。「友達が国境を越えようとした際、ハンガリーの軍が攻撃してきて入国できなかった。ドイツまであと少しなのに…」

 

話を聞きながら、自分の国境越えを思い出します。基本的には出国側、入国側でパスポートを提示して終了。それ以外には何も手こずることなんてありません。多少トラブルがあってもスタッフは”日本人だから”という理由で最終的には通してくれます。

 

今までは移民だったり難民のことなんて、どこか違う世界で起きていることで、正直気にも止めていませんでしたが、実際に会って話を聞くと信じられないほど存外に扱われながらも家族と別れ、生きるために自分の国を出た難民の方の心情を知り、今まで関心を寄せてこなかった自分を恥じました。

 

最後にアフガニスタンのことは好きなの?と問うと、

「もちろん、大好きだよ。もし内戦が終われば国に戻りたい。」そう言い放ち、自分の住処へと足を進めていきました。

 

僕はこの経験から"日本は難民を受け入れた方がいい"なんてことを伝えたいのではありません。この記事を読んだ人が少しでも調べて関心を持ってくれるといいなというのが願いです。会ったからにはこの事実を伝える義務があるのかなと感じ、書いてしまいました。気分を害した方は申し訳ございません。

 

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その後は夜行バスの発着所まで向かい、バスに乗り込みました。ソフィアを経由して一気にイスタンブールまで移動します。所要時間は20時間。気合でがんばります。

 

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総括

セルビアは他の東欧諸国と少し変わった異質な国だったように感じます。ヨーロッパぽくないと表現すればいいのか、廃れているというのか。建物も古いものが多く、全体的に活気が無い。警察が機能しているのかと少し疑ったほどです。難民キャンプの周りなどは正直近づくと危ないような雰囲気が漂っていました。

 

実際に難民の方を目にする機会なんて初めてだったため、少し恐れてはいました。しかし、上述したように話してみると訳もなく偏見を持っていたことがどれだけ失礼なことか思い知らされました。彼は謙虚で真面目ないい人でした。思いがけない場所でこのような出会いがあるのが、旅行の醍醐味です。この経験は絶対に忘れず生きていきたいです。

 

 

 

 

 

 

家計簿

 

2/1

朝ごはん
135円程度(140ディナー)
スプライト
60円程度(60ディナー)
コーラ
60円程度(60ディナー)
飯等々
485円程度(500ディナー)
バス代(ベオグラード→ソフィア)
2400円程度(2480ディナー)
宿代
570円程度(585ディナー)


total
3710円程度(3240ディナー)


2/2

バス代(ソフィア→イスタンブール)
2770円程度(45レブ)
タクシー代
1550円程度(50リラ)
宿代
560円程度(18リラ)

total

4880円程度(68リラと45レブ)